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秋の一日(4) [紀行]

「秋の一日」:熊谷の月 夏山::『ホトトギス』第28巻第4号:大正14年刊:ホトトギス社

星渓園で「茸」と「秋山」を題にした句会を開催した後、一行は荒川の熊谷堤に出て月を見上げながら、料理屋魚勝へ向かいます。記述は、ホトトギス吟行会の松藤夏山(1890-1936)。

「句会が済んだ時はすつかり夜になつていた。会の為に使ひ等して呉れていた少年が「月が出ました」と知らせに来た。二三人縁側に出たが庭木の陰になつて見えない。「此所からは見えません」と少年がいふ。
 短冊を書いたり後片付けをしている人々を残して外に出る。晝間皆を喜ばせた庭の清冽な泉は闇の中に湛へていた。門を出る。いい月だ。十四日の月である。両側にずつと軒燈の点いた街道の丁度真上に上つて居る。赤味を帯びて少し潤んだやうに見えた。
「いい月だな」と口々にいふ。今朝の天候からして期待しなかった月とて皆の喜びは殊更であつた。
暫くして話しながら門の中から出て来た人が「こちらに行きませう、堤の一番端に出て歩いた方がいいでせう」と云って先に立つ。月の照らさない狭い路地を一列になつて歩く。時々家の中から灯が洩れて目を射る。僅か一丁位で熊谷堤へ出た。
堤の櫻樹には葉は一枚もなかつた。櫻の落葉は早いものだと思ふ。
この堤は葉櫻の頃一度来た事があるので珍しくはなかつたが、月の裸木の堤をぶらつくのはいい気持ちだ。
一帯に薄い夜霧がかけている。右手の田圃は限界をぼかして夢のやう、左には熊谷の町が眠ったやうに灯つていた。
我等は三人五人と話しながら月の堤をゆつくり歩いた。月も櫻の枯枝を移つて行く。
六時何分かの上り列車が着きの前を通つた。後ろは又静かさに帰る。
長い堤が盡きた。堤を下りて一同は魚勝といふ料理屋に晩飯を食べに入った。その家の上り口で長靴を抜いでいると「危なく皆を見失ふ所であつたが丁度あなたに出逢つてよかつた」等話しながら一水さんが土地の人孤童さんか誰かと這入つて来られた。」

下の写真は、大正期の石上寺南側の荒川桜堤を写した絵葉書です。
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