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聖天山開扉記念写真2 [その他]

昭和27年に、妻沼聖天山の開扉記念として発行された4枚組の「造りもの」写真の紹介、2回目。
右上:赤垣源蔵。赤穂浪士における赤垣源蔵「徳利の別れ」の一場面を再現したもの。歌舞伎や講談では、浪士の一人である赤垣源蔵は、兄の塩山伊左衛門の屋敷に暇乞いに行くが、兄は留守であった。女中には討ち入りのことは告げずに「さる西国の大名に召し抱えられることになった」とだけ言って、兄の羽織を出してもらい、兄に見立てて酒を酌み交わし別れを告げるという物語。右側の人物が酒徳利を持っており、赤垣源蔵と思われる。背景は、雪景色の里風景が描かれている。
左上:昭和の弥次喜多。料理屋の前の床几に座って花見をしていた弥次喜多が、右側に座っていた男性が、右端の子供をみて急に立ち上がったため、左側に座っていた男性がひっくり返ってしまった場面を再現したもの。地面には徳利や皿が散乱している。背景は、和洋料理店の店先が描かれている。
右下:浦安の舞。二人の巫女が、扇子を持って神楽(浦安の舞)を踊る姿が再現されている。背景は、紅白の幕が描かれている。
左下:伽羅千代萩(めいぼくせんだいはぎ)。1660年~1671年にかけて、仙台伊達家に起こった紛争を題材にした歌舞伎の「竹の間の場」を再現したもの。「竹の間の場」は、足利頼兼(伊達綱宗)の跡を継いだ鶴千代(綱宗嫡子の亀千代)の乳母・政岡(千松の生母・三沢初子)は、幼君を家中の逆臣方から守るため、病気と称して男を近づけさせず、食事を自分で作り、鶴千代と同年代の我が子・千松とともに身辺を守っている。その御殿に、仁木弾正の妹・八汐、家臣の奥方・沖の井、松島が見舞いに訪れる。鶴千代殺害をもくろむ八汐は、女医者・小槙や忍びの嘉藤太とはからって政岡に鶴千代暗殺計画の濡れ衣を着せようとするが、沖の井の抗弁や鶴千代の拒否によって退けられる、という内容となっています。背景は、襖に竹林が描かれた室内が描かれています。
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